2025年 大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~」に喜多川歌麿が登場!!
2025年NHK大河ドラマ 「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」に栃木ゆかりの喜多川歌麿が登場します!
私たち「歌麿を活かしたまちづくり協議会」では「いつ来ても歌麿に会える街」をスローガンに、「歌麿と栃木」のつながりについて様々な形で発信してきました。
そして、2025年NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(主役:蔦屋重三郎(横浜流星)) に蔦重の “生涯の友”であり“同志”となる人物として喜多川歌麿が登場します。
歌麿を演じるのは、2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」で織田信長役を好演した染谷将太(そめたにしょうた)さんです。
蔦屋重三郎と栃木町との接点について
「雪月花」をはじめ多くの点で歌麿とつながりを持つ栃木町ですが、蔦屋重三郎との関係については、次の3つの接点が考えられます。
まず一つ目は、天明年間(1781~89)江戸の狂歌師の代表的存在である大田南畝(別号:蜀山人あるいは狂歌名:四方赤良) を通しての繋がりです。
二つ目は、天明年間末から蔦重が力を注いで発行した狂歌に絵を加える狂歌絵本を通しての繋がりです。 天明7年に松平定信が老中となり寛政の改革が始まることをきっかけに、南畝らは狂歌界の活動から身を引いていきます。
三つ目は、歌麿の描く美人画への狂歌賛の掲載です。寛政2年に幕府は出版統制令を発し、このあおりを受けた蔦重は翌寛政3年に罰金刑を受けることになります。
これにより路線転換を迫られた蔦重は、歌麿の美人画大首絵を出版することで、再び江戸出版界をリードする存在となります。
この歌麿の美人画によせる狂歌賛にも、多くの栃木の狂歌師が登場します。 例えば、寛政5年に蔦重から出版された全8図の遊女シリ ーズには、栃木の狂歌師である通用徳成が2首、酒桶数在と川岸松蔭がそれぞれ1首ずつ賛を寄せています。
このシリーズにおいては、歌麿と栃木在住の狂歌師との間にスポンサー的な特別な関係が生まれ、それがこれらの作品を制作するきっかけとなったと考えられています。寛政7年以降、歌麿と蔦重の関係がやや疎遠になっていく中でも、通用亭徳成(4代目善野喜兵衛)の賛は頻繋に歌麿作品に登場し 二人の関係性は続いていくことになります。
以上、3 つの点において栃木の町人(狂歌師)たちは、大田南畝や歌麿との交流を通じて、その版元である蔦屋重三郎とも接点を持っていたであろうと考えられます。
(文責:歌麿を活かしたまちづくり協議会 研修部会 阿部 治)
天明初期、江戸で天明狂歌が流行し始めたころ、栃木の町人たちは大田南畝と交流する機会を持っていました。
栃木の旧家には、栃木の狂歌師たちの狂歌60首を四方赤良が添削した直筆の文書が残されています。この時期、赤良らの狂歌師と交流を深めていった蔦重は、次々と狂歌本を出版していきます。その中で赤良が編者となり蔦重が版元として出版した「新玉狂歌集(天明6年)」「狂歌才蔵集(天明7年)」「狂歌千里同風(天明7年)」などの狂歌集には、田畑持麿(栃木の町年寄・渡邊源左衛門)をはじめとした多くの栃木および下毛の狂歌師の狂歌が掲載されています。
このような狂歌ブームが一旦沈静化していく中で蔦重が仕掛けたのが、狂歌絵本の作成でした。
そして、狂歌師と浮世絵師をコラボさせるこの企画のエースとなったのが喜多川歌麿でした。 蔦重は歌麿の代表作となる「画本虫撰(天明8年)」などの狂歌絵本を次々と出版していきます。その中で歌麿絵、 蔦重出版の「絵本譬喩節(天明9年)」「龢謌夷(天明9年)」「銀世界(寛政2年)」「普賢像(寛政2年)」には、栃木の狂歌師である小袖裾長らの狂歌が掲載されています。
それは、蔦重の営む耕書堂(日本橋通油町)の店先であったり、 吉原の御座敷、あるいは栃木商人の出先の江戸の店であったかもしれません。
また、曲亭馬琴の記録によれば、蔦重は天明8年に山東京伝らとともに日光に回遊しています。そして、この時、歌麿の縁で蔦重が栃木に立ち寄った可能性も皆無とは言えません。